難病と生きるということ『困ってるひと』(大野更紗 ポプラ文庫) 紹介と感想

こんばんは、うめこです。以前は医者の視点で患者を見つめたノンフィクションをご紹介しましたが、今回ご紹介したい本は患者の視点からの闘病エッセイ『困ってるひと』(大野更紗 ポプラ文庫)。

 
([お]9-1)困ってるひと (ポプラ文庫)

闘病エッセイというと何だか重苦しい雰囲気を想像してしまいそうですが、この本は著者・大野更紗さんの明るいお人柄が全面に押し出された軽快な文章でつづられているので、非常に読みやすい!そして面白い!

大野更紗さんが闘っているのは「筋膜炎脂肪織炎症候群」「皮膚筋炎」という非常に珍しい難病で、本来自分を守るためのはずの免疫機能が暴走し全身に炎症を起こすという大変重い症状を、大野さんは克明に描写します。

『聖人☆おにいさん』(中村光・講談社)のブッダを参考にして瞑想で辛いMRIを乗り切ったり、麻酔なしの地獄のような筋肉切除の手術を忌野清志郎の曲をガンガンに手術室にかけてもらって挑んだりと、つらい中でもユーモアを忘れずに自分なりの方法で乗り切ろうとする姿勢には「人の底力」を感じさせられます。

そして真骨頂は病気により「おしり」が液状化し流れ出すという壮絶過ぎる症状が襲ったときですら、

破裂したおしりのあとには、脂肪組織が流れ出した痕、まるで洞窟のように巨大な空洞ができあがった。おしり洞窟。おしり女子は、ついに、人類から有袋類へと、超絶的な進化をとげた。ビルマ女子→難病女子→おしり女子→有袋類。人生とは妙ちきりんなものである。

『困ってるひと』 著者:大野更紗 ポプラ文庫   196頁より引用

この軽快な表現力。ものすごい苦労と辛さがあるでしょうに、読んでいて湧き上がってくるのは大野さんへの同情でないんですよね。彼女の「生命力」に、こちらが力を貰っているような気分になってくるんです。

大野更紗さんってどんな人?

まずは著者の大野更紗さんについて簡単にご紹介を。このエッセイを書いた当時はなんと26歳!その若さでミャンマーの民主化のために精力的に研究・活動を行っていた方です。

1984年、福島県生まれ。上智大学外国語学部フランス語学科卒。上智大学大学院グローバルスタディーズ研究科地域研究専攻博士前期課程休学中。学部在学中にビルマ(ミャンマー)難民に出会い、民主化運動や人権問題に関心を抱き研究、NGOでの活動に没頭。大学院進学した2008年、自己免疫疾患系の難病を発病する。1年間の検査機関、9ヶ月の入院治療を経て退院するまでを綴った本書で作家デビュー。

『困ってるひと』著者:大野更紗 ポプラ文庫  カバー作者経歴より引用

エッセイはある日突然発症し、それまではむしろ常人よりパワフルにアジアを駆け巡っていた大野さんが、「何かがおかしい」と体を蝕み始めた違和感の正体を探るところから始まります。

ここが本当にきついんです。わけがわからないまま、経験したことのない症状が一気におしよせてくる。でも、原因がわからない恐怖。

身体じゅうが、真っ赤な風船みたいにパンパンに腫れ、触わるだけで痛い。関節が、ガッチガチに固まって、ぜんぜん曲がらない。熱が、何をしても、どんな市販の薬を飲んでも、三十八度以下に下がらない。

『困ってるひと』 著者:大野更紗 ポプラ文庫  21頁より引用

こんなただ事では体の状態なのに、やっとたどり着いた病院でもたらい回し。ここを読んでいると、病院で診断をしてもらうことすらも、実は本当に大変なことなんだと思いました。延々と待たされるのに、医者が首を捻りつつ、なんとなく下した診断を受け入れること数回。しかし、処方された薬はさっぱり効きません。もちろん体力的にもつらいが、精神的にこんなつらいことはなく・・・

ついつい、自分が重症であればあるほど病院では手厚く対応してくれると思いがちですが、病院もある意味サービス業。どんなに苦しんでも、一人の患者に手をかけられる時間は限りがあります。それは仕方のないことだとわかっていても、こちらがつらい状況であればもっと手厚くして欲しいと願ってしまうのが人情ですよね。

一年間、石みたいに固まって、激痛で、熱が下がらなくて、もうとにかくどこもかしこも痛いんですが、死にそうなんですが。医者って、病気のひとの苦痛を軽減してくれるのが、仕事じゃないんですか。

・・・

どうして、何時間も、何週間も何か月も待たせて、延々と外来に通わせて、だらだらと中途半端な検査ばっかりして、誰も、何も、してくれないんですか。

『困ってるひと』 著者:大野更紗 ポプラ文庫  34頁より引用

こんなに必死な患者にも、診断がつかないと「地元にお帰りになったらどうですか」と言い放つ病院。

疲れ切った大野さんが「これで最後にする。これでだめなら帰り道にひとりで死のう」と決めて、すがるような思いで頼った某大学付属病院の自己免手疫疾患の専門家が、ようやく手を差し伸べてくれます。

本当にセカンド・オピニオンって大切ということですね。医者を信じることも大事だけれど、その医者も人間ですから、どうしてもわかってくれない人もわかってくれる人もいる。

大野さんがこの大学付属病院に入院し、地獄のような検査(なんと麻酔なしの恐ろしい検査もある!)の数々に耐えてようやく専門家の下してもらった診断が先述した「筋膜炎脂肪織炎症候群」「皮膚筋炎」でした。

難病と生きるということ・生活するということ

診断名がつき、ようやく本格的な闘病生活がスタートした大野さん。

ここでの入院生活の事細かな描写は本当に勉強になります。長期的に入院すると、何が必要になっていくるのか、お見舞いに来てくれる人に真に持ってきてほしい物は何なのか(大野さんは皮膚が乾燥+敏感になる症状で悩んでいたため、とにかく「キュレル」を欲していたそう。それとユニクロのヒートテックなど)、入院生活を経験している人ならではの視点で語られます。

余談ですが、うめこも昔10日ほど入院をしたことがあるのですが、この時の差し入れでありがたかったものは「漫画」でしたね。事前準備として小説とPSPを持ち込んでいたのですが、ずーっと閉塞的な場所にいると文字を追うことやゲームをすることも億劫になってくるので、漫画が丁度良かったんです。

さらに、着るものも病院で借りると1日いくらでお金がかかる。治療で使うガーゼにもお金がかかる。病気との闘いは、出費とのシビアな闘いでもあることを読んでいてひしひしと感じました。確かにうめこの入院した病院も、テレビは100円玉を入れないと見られませんでしたよ・・・

そして物質不足と数々のつらい治療と共に立ちはだかるのは「超複雑な日本の社会福祉制度」大野さん曰く「モンスター」。彼女のように、自身の難病が国の指定する「難病医療費等助成制度」(通称「特定疾患」)に該当すると、医療費の負担がある程度軽減される制度があるそうです。

大野さんは診断された病気のうち、一つ 「皮膚筋炎」 がこれに該当したため、気の遠くなるような数の書類を仕上げて市役所へ提出しています。お役所の書類なんて健康状態でもうんざりするものなんですが、こんな病人にも容赦ないお役所仕事。

さらに、ここでぞっとするのがこの「特定疾患」に該当しなければ、どんなに深刻でどんなに高額な医療費のかかる難病であっても国から補助がでないということです。

参考としまして、難病情報センターHPより。

難病は、1)発病の機構が明らかでなく、2)治療方法が確立していない、3)希少な疾患であって、4)長期の療養を必要とするもの、という4つの条件を必要としていますが、指定難病にはさらに、5)患者数が本邦において一定の人数(人口の約0.1%程度)に達しないこと、6)客観的な診断基準(またはそれに準ずるもの)が成立していること、という2条件が加わっています(図3)。すなわち、指定難病は、難病の中でも患者数が一定数を超えず、しかも客観的な診断基準が揃っていること(さらに重症度分類で一定程度異以上であること)が要件としてさらに必要になります。

難病情報センターHP 「2015年から始まった新たな難病対策」 より引用 http://www.nanbyou.or.jp/entry/4141

上記引用の基準からすると、「患者数が一定数を越えず、客観的な診断基準が揃っていること」などが条件にありますね・・・これに該当しないと、自己負担額が跳ね上がるというわけです。助けてもらうには、「深刻度」ではなく指定の病気であるかどうかの「運」も必要となるという恐ろしさ!!これ、どうにかならないのですかね、厚生労働省さん。

以前も使ってしまいましたが、医療物の本を読むと、いっつも頭に浮かぶのは「事実は小説より奇なり」。大野さんのエッセイは、ある意味自分の体と医療と社会の中での「冒険記」ではないかと、うめこは思っています。MRIなんてダンジョンみたいに思えてきますもん、入ったことはないのですが。

今回ご紹介した『困っているひと』は発症から難病の診断を経て、入院生活がメインに綴られたものですが、続編として『シャバはつらいよ』が出版されています。これも引き続き面白い!大野さんの世界がどんどん広がっていくのが爽快でした。女性としての大野さんの、ちょっとほろ苦いシーンもあり。

 
([お]9-3)シャバはつらいよ (ポプラ文庫)

現在、大野更紗さんは医療社会学の研究者としてご活動されているそうです。

専門分野でのご活躍も応援しつつ、うめことしては、またあの軽快なエッセイの続きも出ることを願ってやみません。楽しみに待ちたいと思います!

ではでは。

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