その人間関係、あなたにとって毒になってない? ≪親子編≫ ~あなたの後ろにもいる!モラハラさんから身を守る②~

こんばんは、扇風機の仕舞時に悩んでいるうめこです。

前回から引き続き、モラルハラスメントについて考察していきます。

⇒実は日常にあるモラルハラスメント  ~あなたの後ろにもいる!モラハラさんから身を守る①~

日常に潜むモラハラ。それはどんな人間関係の中で醸成されることが多いのか・・・?

なんでモラルハラスメントが起こるのか?

一番最初にうめこの結論を言ってしまいますが、

「ハラスメントは人が人をコントロールしようとすることで発生する」

と考えています。

これはもちろん、モラルハラスメントだけでなくあらゆるDVやハラスメントに当てはまると思います。

さて、「人が人をコントロールしようとする」とはどういうことなのか?

これから「親子編」「男女編」にわけて考察していきたいと思います!

家庭内のモラハラ ≪親子編≫

残念ながら日常の中でよく耳にするのは家庭内でのモラハラです。

「親子間」のモラハラでの代表的なものとしては、

これは「夫婦間」「親子間」「兄弟姉妹間」等の様々な関係で起こりうるものですが、これらがそれぞれ絡み合い、相互作用し合って起こるケースも非常に多いと予想します。

今回は家庭の軸なる「親子間」について考察していきますが、例えばこんなやりとりがあったとします。

子ども
子ども

デザイン系の勉強のできる大学に入りたい!

親

あなたはお父さんの後を継がなくちゃならないんだから、

そんなところには学費は出さないわよ。考え直して。

子ども
子ども

今年の大晦日は実家には戻らないで、

自分のアパートで友達を過ごすね

親

年越しは絶対に実家でするものだろう。

家族の和を乱すな。いいから帰っておいで。

日常に溶けこんでいそうな会話を想像してみましたが、これも親から子どものコントロールに当たるのではないかと思います。そして、それがモラハラになるがどうかは「当人が嫌な気持ちになっているかどうか」「やり取りの後、対話で解決出来るか」

うめこは人間関係において、「対話が出来るか」が物凄く物凄く大切な要素だと考えてます。

ちなみには会話ではなく、対話。基本的にどの辞典でも「向かい合って話すこと」と記されていますが、ここにうめこ解釈として「お互いが対等であるという前提で、相互理解のために行われている」ことではないかと追記いたします。

上記の会話に「対話」が続くならば

子ども
子ども

あまり僕はお父さんの仕事には興味はないのだけど、

それでも僕でないとダメなの?

親

そうなのね。

なら、あなたのしたいことをもっと詳しく教えて頂戴。

親

お父さんとお母さんは、お父さんのお仕事をどう続けられるのかをもっと

話し合うわね。また、あなたに相談することがあるかもしれないわ。

子ども
子ども

家族で集まる時間を大事にしたいことはわかるけど、

友達と初詣するのがとても楽しみなんだ。

親

友達と一緒の年越しも楽しそうだね。

でも、今年はお正月に叔母さんが久々に来るんだ。

集まるのを楽しみにしていたから、どこかで調節

してくれないかな。

子ども
子ども

叔母さん何日までこっちにいるの?

2日目じゃ間に合わない?

親

2日目なら大丈夫。

お父さんも寂しいから、ちょっとでも

顔を出してくれたら嬉しいな。

こんな風でしょうか?ちょっと、キレイに収まりすぎたかもしれませんが例えということで。

しかし!!

親<br>

何言ってるの!

そんなわがまま通るわけありません!

親

家を出たからって、全部自分の自由になると思ったら大間違いだ!

家族をないがしろにしてるんだろう。

こう頭を押さえつけるやり取りになってしまうと、「対話」にはならないですよね。

そしてこのやりとりで当人が嫌な気持ちになっているとしたら、この状態は親が子どもをコントロールしようとする故のモラハラをしてしまっている可能性があります。

モラハラを考える上で大切なのは「当人の気持ち」

同じ状況でも、人によって感じ方や対応を様々です。第三者の立場から見て「モラハラでは?」と思っても、本人がどう感じているかどうかを無視して決めつけてしまうのは避けたいですね。

しかし、時に当人が押さえつけられすぎて「無気力になっている」「自分で判断がつかない状況に追い込まれている」こともあります・・・その時にどう介入するか、本人の本当の気持ちをどう探るかは永遠の難題でありますね。

子どもの成長が認められない親

さて、親が子どもをコントロールをしようとする、その根底にはどんな心理があるのか?

それは

「子ども成長が認められない」

「子どもの成長を阻害したい」

ということではないかと。

以前「テレビドラマの中で描かれた毒親」として、うめこの大好きな『凪のお暇』で描かれた母子関係を取り上げたことがありました。↓これも、「子の意志」を握りつぶして自分の希望通りにコントロールしようとする母親の姿が生々しく描かれておりました。

⇒日本のテレビドラマはとうとう「毒親」との決着を、和解や妥協以外で描くのか。ドラマ『凪のお暇』8話から、メディアの描く親子関係を考える。 ネタバレあり注意!

また、うめこは田房永子さんのエッセイ漫画が好きなのですが、そこで回想される母親とのやり取りにも「子どもの成長をコントロールし、阻害したがる母親」の姿が!

 
母がしんどい【電子特典付】 (角川文庫)

 
うちの母ってヘンですか? (Akita Essay Collection)

↑親から苦しめられた子供時代を経験した様々な方を取材している本なのですが、驚くほど共通するのが、

「ブラジャー・生理用品の不買」

「成長による体の変化(生理等)の管理」

これらが母親(祖母の場合も・・・)から娘に行われているということ!

これも、「子どもが成長することによって自分のコントロール下から抜け出ていくのを認めたくない」という心理からくる行動なのかな、と。下着や生理用品は成長をわかりやすく象徴的に表すアイテムでもありますよね。それを買わないことで、「まだまだ子ども。大人の物は必要ない」という自分の願望を見える形で実行してしまう・・・そんな親は、体は大人でも自身の心理面は子どものまま、成長が止まっているのではないかと考えてしまいます。

名探偵コナンの逆!!

そして、子どもが立派な成人になっても「自分の管理下にある小さな子どものまま」と思い込み、人生に強固に干渉してくるのです。

ちなみに「子どもの成長を認めない、甘く見ている」親の事例として「いつまでも異性の子どもとお風呂に入ろうとする親」というのもこれに当てはまるのではないか・・・とうめこは思っています。

前にご紹介した『おうち性教育はじめます』を参考に・・・

 
おうち性教育はじめます 一番やさしい!防犯・SEX・命の伝え方 [ フクチ マミ ]

お母さん・お父さんは小学生!?

先述した田房永子さんの漫画に、こんな箇所がありました。

久々にあった娘(田房さん)に気に入られたかったのか次々とどうしようもない小物(相手が欲しいだろうかということを全く考慮しないもの)を自分に渡して機嫌を取ろうとしてくる母親の姿を見て、

「クラスのリーダー的な女子に物をあげて、気に入られようとする小学生5年生くらいの女の子みたい・・・」と田房さんは気が付きます。

そうか・・・

お母さんは小学校5年生だったんだ

小学校の時にすでにお母さんを追い抜いちゃったんだ

小学生が「親」をやらなきゃいけないんだから 

そりゃーお互いつらいのは当然だったんだなー

『それでも親子でいなきゃいけないの?』田房永子 秋田書店  74頁より引用

 
それでも親子でいなきゃいけないの? (Akita Essay Collection)

人に対して物理的、心理的に理不尽な攻撃を加えることで人間関係を形成する人は

「子ども時代に乗り越えるべき課題を乗り越えられなかった人」

「赤ちゃんのころの解決方法をそのまま使い続けている人」

なのではないかと、うめこは考察してます。これは④回に

「発達課題」

「原始的防衛機制」

というキーワードと共に考察したいと思っています。

※注※ 今回の記事ではあくまで「すでに成長した大人である子ども」と、「その成長を認めない、阻害する親」という立場を想定したものでした。未成年に同様のことが行われていた場合(もしくは過去の未成年時)、モラハラを越えて「虐待」であった事例もあると考えますが今回は成人を対象とした考察ということで「モラハラ」の枠で記述させていただきました。本来、成長の過剰管理や必要な品物の不買は虐待(ネグレクト、心理的虐待)であるとうめこは考えています。

次回は「男女関係におけるモラハラって?」ということを考察していきたいと思います。

ではでは。

 

参考文献:『毒になる親 一生苦しむ子ども』スーザン・フォワード著 玉置悟 訳(講談社+α文庫)

⇒実は日常にあるモラルハラスメント  ~あなたの後ろにもいる!モラハラさんから身を守る①~

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